その客は、月に一度だけ来た。
決まって同じ時間、
決まって同じ言葉。
「具のないおにぎりを二つ」
店主は何も聞かず、
静かに二つ握る。
塩だけのおにぎり。
それを受け取ると、客は少しだけうれしそうに帰っていく。
—-
長く続くと、人は少しだけ気になる。
なぜ具を入れないのか。
飽きないのか。
ある日、店主は聞いた。
「ずっと同じですね」
客はうなずいた。
「ええ。これでいいんです」
—-
客はぽつりと話し始めた。
「子どものころ、母が毎朝おにぎりを二つ持たせてくれていました」
「一つは昼に食べる用。もう一つは、帰り道で食べる用」
「帰りのほうには、たまに具が入っていたんです」
少し笑った。
「それが、楽しみで」
—-
「でも、ある日だけ、何も入ってなかった」
店主は黙って聞いていた。
「その日は、ちょっとだけ残念で」
「でも、家に帰ったら、母が言ったんです」
客は少しだけ視線を落とした。
「“今日は、何も入れなくても大丈夫な日だと思ったから”って」
—-
客は続けた。
「そのときは、よく分からなかったんです」
「でも、なんとなく安心したのを覚えてます」
「具がなくても、ちゃんと帰る場所はあるんだなって」
—-
「だから、これでいいんです」
客は、包みを見ながら言った。
「中身を気にしなくていいから」
—-
客はいつも通り、二つ受け取って帰っていった。
店主はその背中を見送りながら、
少しだけ考えた。
具があるかどうかじゃなくて、
帰る場所があるかどうか。
そういう話なのかもしれない。
—-
店主はいつも通り米を炊き、
いつも通り塩をして、おにぎりを握る。
ただ、その日から、
ほんの少しだけ握り方を変えた。
少しだけ、やわらかく。
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その客は、今も月に一度来る。
具のないおにぎりを二つ。
変わらない注文。
でも店主は思う。
何も入っていないように見えて、
その人にとっては、
ちゃんと“入っている”のかもしれないと。