かあちゃんの卵焼きは、いつも少しだけ甘かった。
甘すぎるわけじゃない。
でも、他で食べるより、ほんの少しだけ甘い。
子どものころは、それがあまり好きじゃなかった。
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弁当には、必ず入っていた。
端っこに、少しだけ形が崩れた卵焼き。
冷めているのに、やっぱり少し甘い。
友達の弁当と比べて、
ちょっと違うなと思っていた。
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一人暮らしを始めてから、
自分でも卵焼きを作るようになった。
レシピ本の通りに作る。
砂糖も、ちゃんと量る。
でも、
あの味にはならなかった。
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久しぶりに実家に帰ったとき、
かあちゃんが、いつも通り卵焼きを出してきた。
変わらない形。
変わらない色。
一口食べる。
やっぱり、少し甘い。
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「これ、砂糖どれくらい入れてるの?」
そう聞くと、
かあちゃんは少し考えてから言った。
「そんなに入れてないよ」
「でも、あんたのはちょっと多めにしてたかもね」
何気ない顔で、そう言った。
「朝、機嫌悪いこと多かったから」
「甘いほうが、少しはましになるかなと思って」
笑いながら言う。
そういえば、
朝はいつも眠くて、不機嫌だった気がする。
弁当なんて、ちゃんと味わってなかった。
目の前の卵焼きを、もう一口食べる。
やっぱり、少し甘い。
帰り際に、
「レシピ教えてよ」と言った。
かあちゃんは、少し困った顔をした。
「適当だからねえ」
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もう一度、卵焼きを作ってみた。
少しだけ、砂糖を多めにして。
食べてみる。
前よりは、少し近い気がした。
でも、やっぱり違う。
そのまま、食べた。
少しだけ、ゆっくり噛んだ。