うちでは、テレビがつくまで、誰も箸をつけなかった。
晩ごはんの時間になると、ちゃぶ台の上に皿が並ぶ。
湯気だけが先に立っているのに、まだ食べてはいけない。
父が座って、
母が最後の一品を置いて、
兄が箸を止める。
それから、テレビがつく。
そこでようやく、
「いただきます」だった。
—-
子どものころは、それが少しきらいだった。
お腹はすいているし、
目の前のコロッケはすぐにでも食べられそうなのに、
なぜか待たされる。
—-
ある夜、停電になった。
部屋が暗くなって、
テレビも消えた。
ちゃぶ台の上には、いつもの晩ごはん。
でも、誰も食べなかった。
始まらないまま、止まっている感じだった。
—-
母がろうそくに火をつけた。
小さな明かりがつく。
父が一度、顔を上げる。
それから、
「じゃあ、いいか」
と言った。
それで、
「いただきます」になった。
この前、久しぶりに実家へ帰った。
もうちゃぶ台はなくて、
父も前より静かで、
兄は先に食べ終わっていた。
それでも母は、味噌汁をよそってから、
何でもないみたいにリモコンを押した。
テレビの光がついた。
そのまま少し待ってから、
箸を取った。